バルト三国+α旅行6日目その2 聖ニコラス教会、旧市庁舎、ヴィル門など(タリン@エストニア)

●6日目(2019年3月3日)その2
タリン旧市街観光の続きです。

聖ニコラス教会(世界遺産)
タリン旧市街にある最大級の教会。13世紀に建てられました。
第2次世界大戦中に旧ソ連軍の空爆で鐘塔を含む外内装の大部分が破壊されたものの、終戦後にエストニア国民の手で再建されました。
現在は博物館とパイプオルガンのコンサートとして使われている。
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入場料必要。ツアーでは入場していない。

この教会には”死のダンス"の絵画があります。外に絵の写真がありました。↓
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精霊教会(世界遺産)
市庁舎および精霊教団救貧院の礼拝堂として、14世紀の初めに記録が残されている古い教会。
14世紀の半ばには、塔を伴う現在の姿がほぼ整った。
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旧市庁舎(世界遺産)
北ヨーロッパに唯一残るゴシック様式の市庁舎。14世紀半ばに建てられ、1404年の増築後に現在の姿になった。

現在はホールとして利用されていて、普段はコンサートが行われている時しか入場できない。
内部見学ツアーを行っている。入場料必要。ツアーでは入場していない。
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聖カタリーナの小径
タリン旧市街で、一番ロマンチックで中世らしい通り「聖カタリーナの小径」と職人たちの館「カタリーナ・ギルド」
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小径の南側(写真では右側)にはカタリーナ・ギルドと呼ばれる職人たちの工房兼、ギャラリーが幾つもあり、この小部屋は15世紀から17世紀にかけて作られたものだそうです。

墓石
小径の北側(写真では左側)にはドミニコ修道院がありその教会内部にあった貴族たちの大きな墓石が現在この小路に飾られています。修道院は宗教改革の頃に破壊されてしまいましたが、建物の一部が残っていてそれはエストニアで一番古い建物です。
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少し進むと
石に囲まれた通り
古い石造りの壁、石畳の道。四方のうちの三方を石に囲まれた通りが「聖カタリーナの小径」。ところどころは、瓦がのったアーチ型の柱(梁)が通りの上に架かり四方が石に囲まれている。
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城壁(世界遺産) と セーターの壁
街の周囲はきっちりと厚く石が組み上げられた城壁で囲まれていて、場所によっては城壁の上に上ることもできる。
また、城壁を利用した屋台街もできていて、有名なのは「セーターの壁」と呼ばれるセーターなど毛糸衣類の専門屋台。厚手の帽子や手袋も売られている。
夏でもセータなどが売られているそうです。
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ヴィル門(世界遺産)
旧市街のメインストリート、ヴィル通り入り口門で、2つの小さな円柱の塔から形成された門です。
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(ヴィル通りから撮影)

ヴィル通りから見て右側の門はこのようになっていた。↓
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これで旧市街観光のツアーは終わり。現地ガイドさんとはここでお別れ。
現在時刻は10時53分。添乗員から各自ホテル戻る事、預けたスーツケースの受け取りがあるので14時15分には戻るように。バスの出発は14時30分。

添乗員が希望者にはこれからショッピング・センターと中央市場を案内します。
で、添乗員に付いて行くことにした。

ヴィル門を出てヴィル・ケスクスという名前のショッピング・センターでスーパーマーケットを案内。私はシレネ・チーズ(塩っぱくて酸っぱい白いチーズを買おうと思っていたが売っていなかった。

添乗員に付いていってヴィル門から旧市街を通り抜けて鉄道のタリン駅へ。ここからホテルに戻る方法を教わる(駅前の通りを道なり進む)そして中央市場へ。中央市場の買い物ポイントを案内してくれた。で、トイレに行きたかったので途中で脱落。市場を適当に見て、地下?のスーパーマーケットに行くときに同じツアーのSさんに声を掛けられる。その後、2人で行動しました。なお、ここでもシレネ・チーズが売っていなかった。

12時10分頃から中央市場内のフード・コートでSさんと昼食。←別途記載。
ホテルに戻る事にしました。
タリン駅の駅前にSLが保存されていました。
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調べてみたら、保存車両はL-2317。1953(昭和28)年に製造された蒸気機関車。おそらく旧ソ連で作られたようです。

12時50分、ホテル着。ロビーで休憩しました。
14時15分頃、スーツケースを受け取る、ツアーバスは14時27分出発。

ふとっちょマルガレータ(世界遺産)
海からの攻撃を防衛するため、1529年に建てられた砲塔。
直径24m壁の厚さは4.7m。まさに”ふとっちょ”そのもの。
現在は海洋博物館になっている。
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                 (車窓) 右の塔がある建物は聖オレフ教会
歌の広場
5年に1度ここで開催されるユネスコ無形遺産「歌と踊りの祭典」の会場となる広場です。

1988年9月11日、エストニア各地から30万以上(民族人口の約1/3)の人々がここに集い、独立への思いを歌にした。”歌いながら革命”と言われたバルト三国の独立運動が大きな一歩を進めた瞬間だった。
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後ろ向きの座像は作曲家グスタフ・エルネサクス。
エストニア第二の国歌「わが祖国、わが愛」の作曲者。

*バスを降りてからここに来るまでに地面が凍っていて滑って転んだ人がいた(手のひらが血で滲んでいた)。像を前から撮る場合は斜面を下る必要がある。地面は凍っていないようだが危険と判断して止めました。

15時2分、ツアーバスがフェリー乗り場に到着。

その3に続く。

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この記事へのコメント

2019年04月24日 22:56
死のダンスの絵は大塚美術館で見たのかな?
どこで見たんやろう?思い出せません
あっ。。。どなたかの旅行記かもしれませんね(笑)

やっぱりヨーロッパの旧市街は素敵ですね
いつまでも姿を留めてほしいです
2019年04月25日 09:39
とまるさんへ
死のダンスの絵は有名ですね。私もどっかで見た記憶があります。ネットかな?

ヨーロッパの旧市街は素敵ですね。ここは世界遺産に登録されているので現存維持義務があります、見るのも楽しいです。