ドイツ旅行 5日目その1 ハイデルブルク城など(@ハイデルブルク)

●5日目(2016年10月28日)その1
本日の予定はハイデルブルクに移動してハイデルブルク城、マルクト広場などを観光、その後リューデスハイムに移動、つぐみ横丁の散策など。リューデスハイムで宿泊。

6時のモーニング・コールで起きる。
7時10分頃から朝食。←別途記載。
宿泊したルードヴィッヒスハーフェンには観光場所が無いようなので部屋でゆっくり休憩。
で、部屋のベランドから風景を見たら↓
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霧が発生しています。(8時12分に撮影)
旅行3日目のマリエン橋からノイシュヴァンシュタイン城を見た時の悪夢がよみがえる。
集合時間は8時50分なので8時40分頃にチェック・アウト。

8時58分にツアー・バスはハイデルブルクに向け出発。
途中、ハイデルブルク市内で本日のガイドさんがバスに乗車。日本人女性(ドイツ人男性と結婚しているのでドイツ国籍だと思う)。

9時40分頃、ハイデルブルク城に到着。
ハイデルブルク城
ドイツでも有名な城址の一つで、この町の象徴的建造物です。
プファルツ継承戦争で1689年に破壊されるまではプファルツ選帝侯の居城でした。
一部のみ内部の部屋も再建されたが、廃墟のままの部分もある。

なお、今回の見学は中庭とワインの大樽のみ。
(城内ガイドツアーはありませんでした)

エリザベート門
フリードリヒ5世が愛する妻イギリス王女エリザベス・ステュアートのために1615年にこの門を造らせた。
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この門を通過した時の光景↓
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左の木がある所は”シュトュックガルテン”と呼ばれ、かってここに大砲があった。
中央奥の建物は”イギリス館”と呼ばれ、フリードリヒ5世の妃でイギリス王女エリザベス・ステュアートに由来する。
右の建物は手前が”ループレヒト館”、奥が”図書館棟”。

右を向くと↓
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右は”城門塔(時計塔)”。
その左は”ループレヒト館”。
手前の一部崩れた円筒が”牢獄塔”。

では、戻って城の中庭に進みます。

橋楼
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ここを通ると橋があります。
その橋には、プレートがあります↓
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ドイツの詩人ゲーテの名前がある。
調べみたら、ゲーテが1779年9月28日に堀に架かる橋の上から火薬塔を描写している。
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                         火薬塔 (ウィキペディアより借用)
火薬倉庫で、プファルツ継承戦争時の1693年にフランス兵によって爆破された。
プレートにあるDen Gesprengter Turm(爆破された塔)という呼び名は後世になってからのものである。

先ほどの方向を見ると(ガイドさんがプレートについてゲーテはこの城に何回も来ている。下の庭を散策していたとの説明があった。しかし火薬塔の説明は無かった。←ガイドレシーバの調子が良くないのでチャネル番号を変更した事があった、それがここかは不明)で、火薬塔ではなく下の風景を撮りました。↓
選帝侯の泉
建物は選帝侯の泉で、ここから城内への水を入手していた。
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ゲーテがこの近辺を散策していた。ガイドさんの言葉では”ゲーテの小道”だそうです。
このツアーでは行っていませんが、ゲーテが散策の際に好んで休憩をとった石造りのベンチがあります。


橋を進むと↓
城門塔(時計塔)
1531年から1541年に選帝侯ルートヴィヒ5世によって建設された防衛施設の一つである。
時計塔とも呼ばれる。
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中央には高さ3.4mの「門の巨人」と盾を掲げる獅子が飾られている。

ループレヒト館
ループレヒト館(Ruprechtsbau)はプファルツ選帝侯ループレヒト3世にちなんで名付けられた。
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ループレヒト3世は1400年にドイツ王ループレヒトとして戴冠し、この建物を居館に定めました。
そのため、ループレヒト館には帝国鷲の紋章が掲げられています
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井戸棟と兵士棟
4本の列柱状の柱の所が井戸棟。つるべ井戸のある建物であることから名付けられた。井戸が写ってないですね。
井戸の右隣が兵士棟。兵士の居住空間であったことから名付けられた。
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図書館棟
ここに図書館があったことから名付けられた。
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婦人部屋棟(王の広間)
女官の居室があったことから名付けられた。現在は王の広間と呼ばれる。
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フリードリヒ館
マンハイムの創設者である選帝侯フリードリヒ4世にちなんで名付けられた。
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ファザードには歴代の王たちの彫像が並ぶ。

オットハインリヒ館
プファルツ選帝侯オットー・ハインリヒにちなんで名付けられた。
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16体の旧約聖書や神話の人物像が飾られています。

人物像を撮ってみました。↓
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テラスにやって来ました。(テラスの写真を撮るのを忘れてしましました)
テラスから見るハイデルブルクの街並み↓
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霧で良く見えません。と言うことは街から城が見えないかも。

騎士の足跡
舵があった際に騎士が窓からはるか下の地面に飛び降りるしか助かる方法がなかった。騎士の大胆な振る舞いに神が報いたのか、彼は無傷で飛び降りることができた。しかし丈夫なブーツが地面に穴を開け、そこに足跡を残し、今でもそれを見ることができる。人々は奇妙なことにだんだん深くなるアルタンの足跡を騎士の足跡と呼ぶようになった。

別の伝説では、この足跡は選帝侯フリードリヒ4世が泥酔して宮殿であるフリードリヒ館から飛び降りテラスに残したものであるとしている。

また、選帝侯妃の浮気相手であった騎士が、密会を見つかりそうになり、選帝侯妃の寝室から飛び降りた跡とも説明される。間男の足跡とも呼ばれている。(ここにピッタリ合うと浮気がバレないとか)
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なお、私はこのサイズより大きかったです。

大樽棟
この建物内にある巨大な樽にちなんで名付けられた。
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地下には直径7m、22万リットルも入るワインの大樽。

脇の階段を利用して大樽の上に登る事が出来ます。
樽の上から見た下の写真↓(ピンポケじゃ)
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道化師ペルケオの像
イタリアから来た道化師ペルケオ。後年、このワイン樽の番人を務めていた。
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仕掛け時計
いたずら好きのペルケオが作った仕掛け時計はビックリ箱。
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時計の下にある取ってをひくと↓
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若干のフリー・タイム。私は休憩しました。

これでハイデルベルク城の見学は終わり。小高い山の上に立つためか寒かったです。

10時35分頃、城を出てケーブル・カー(登山電車)で下って旧市街へ。
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                           ケーブルカー(登山電車)

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                          城の日本語パンフレット(表紙)

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               チケット(城の入場券とケーブルーカーの乗車券(片道)を兼ねる)
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その2に続く。

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この記事へのコメント

2016年11月18日 23:22
霧にドキドキしましたが。。。
ハイデルベルク城素敵ですねぇ♪
歴史を感じるお城ですね
建物のガイドツアーにも行ってみたいです
門も素敵♪
見応えがありそうですね

大樽とペルケオさんはガイドブックにも載ってますね
仕掛け時計はビックリ箱なんですね(笑)

街並みは。。。ノイシュバンシュタイン城の悪夢にならなくて良かったですね
2016年11月19日 10:05
とまるさんへ
ノイシュバンシュタイン城、ホーエンツォレルン城、 ハイデルベルク城がドイツ3第名城となっています。この3つの城を観光するツアーがあったので参加しました。

ハイデルベルク城は廃墟の城と思った方が良いです。内部を見る所は少ないようです。調べ方が悪かったのかも知れませんがブログ検索で内部を見た記事が見つかりませんでした。

ビックリ箱は音が出たような気がします。←健忘症?

朝の霧にはビックリ。城は霧が少しかかっていましたが近くなので見る事が出来ました。