バルト三国+α旅行 3日目その1 十字架の丘(シャウレイ@リトアニア)

●3日目(2019年2月28日)その1
本日の予定はラトヴィアのリガからリトアニアのシャウレイに移動して観光、カウナスに移動して観光、ヴィリニスに移動して旧市街の観光。ヴィリニスで宿泊。

何時か分からないが夜中に激しい雨、窓に当たる音が凄くて一瞬目が覚める。
モーニングコールは6時だが5時15分に目が覚めたので起床。
6時35分頃から宿泊したホテルで朝食。←別途記載。

8時2分、リトアニアのシャウレイに向かってツアーバス出発。
9時15分、国境でドライバーが税金を払う。私たちはバスの中。
10時0分、シャウレイの十字架の丘のビジターセンター前に到着。
十字架の丘
十字架の丘の起源は17〜18世紀。当時ロシア帝国の支配下に入っていたリトアニア人が、独立するために起こした蜂起の犠牲者を祀るために遺族が十字架を立てたのが始まりとされています。

ロシア帝国はブルトーザを使って3度十字架を破壊するが、そのつどリトアニ人が新たな十字架を建てた。
なお、ここは墓地ではないので死体は埋められていない。

1993年9月7日、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がこの丘を訪れ、ここが希望と平和、愛、そして犠牲者のための場所であると述べた


十字架だけでなくイエスの受難像やリトアニアの英雄の彫刻、聖母マリア像、肖像画、ロザリオなどもカトリック教会の巡礼者によって置かれるようになった。十字架の丘は現在も膨らみ続けている。

*十字架にはリトアニア十字架(先住民の十字架)とキリスト教の十字架がある。

十字架の丘は世界遺産ではないが、2001年に『リトアニアの十字架の手工芸とその象徴』のひとつとして無形文化遺産に登録されている。



各自、自由見学します。
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嘆きのイエス(ロダンの考える人のポーズ)↓
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どこを歩いても、遊歩道を外れても、十字架が無数に重なっています。
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リトアニア十字架↓
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リトアニア十字架↓
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物凄い数の十字架でした。

気温は2℃位、風が強くて物凄く寒かった。なお、私はニット帽、手袋、カイロを使用しています。
10時39分、ツアーバスはカウナスに向け出発。

その2に続く

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