デンマーク&ドイツ旅行 7日目その1 ブランデンブルク門、追悼記念碑など(ベルリン@ドイツ)

●7日目(2015年10月21日)その1
本日の予定はベルリン市内観光、その後は飛行機でカタールのドーハ空港へ。(翌日、ドーハから羽田へ)

朝7時0分に、自前の目覚まし時計で起きる。
7時35分頃から朝食。←別途記載します。
部屋でTVを見ていたら、本日の天気予報は曇り、最高温度は11℃。
9時35分頃にホテルのチェック。アウトを行う。
前日のガイドさんがホテルに来て、9時59分にツアーバスが出発。
市内の大きな公園であるティーアガルデンに来ました。

戦勝記念塔ジーゲスゾイレ
1865~1873に建てられた高さ67mの塔の上に勝利の女神ヴィクトリアが立つ。
プロイセン王国のドイツ統一に伴った対デンマーク戦争(1864年)、対オーストリア戦争(1866年)、対フランス戦争(1870~71年)の3つの戦争の勝利を記念したものです。
展望台があるそうです。
画像
                                 (車窓)

少し進んで、バスが停車。ここから徒歩観光です。
ドイツ連邦議会議事堂
ドイツの国会議事堂です。
画像



連邦首相府
首相の官邸(下部)と公邸(上部)。
画像


虐殺されたワイマール共和国の国会議員の追悼記念碑(?)
旅行時のメモ帳には”メモリーモニュメント”とだけしか書いていません。
ブログ掲載を止めるかどうか悩みましたが掲載することにしました。
次の画像の右側にある英語を私が訳しました。私の英訳が間違っているかも。
画像
                                 能書き

画像


画像
                      氏名、誕生年、死亡年などが刻まれている。


虐殺されたシンティ・ロマの記念碑
画像

画像
ナチスによるユダヤ人虐殺は有名ですが、実はシンティとロマもたくさん殺されたそうです。
シンティとロマ(いわゆるジプシー)を「ツィゴイナー」という総称でナチスにより「劣等民族」と位置付けられ、ユダヤ人と同様に強制収容所に送られ虐殺された。(犠牲者数は約50万人だったそうです)

画像
           記念碑と言っても円形の池の中央に三角形の石が置いてあるシンプルなもの。
池の中央に置かれた三角形の石は、強制収容所で当時、囚人の服に縫い付けられたバッジをモチーフにしており、ここに置かれた花が枯れると、石が下がって、新しい花に置き換えられる仕組みになっているそうです。この花は「生、哀悼、記憶の象徴」を表しているとのこと。

画像
                     池の周りの石には名前(?)が刻まれている

 --------------------------------------------
入手した物
画像
                                パンフレット
 --------------------------------------------

ここから少し歩くと↓
画像
                               ベルリンの壁の跡
                    写真上部側が旧東ベルリン、下部側が旧西ベルリン

旧西ベルリンから旧東ベルリンの方向に進んでいます。前方を見ると

ブランデンブルク門
1788年~1791年にかけて建てられた、プロイセン王国の凱旋門。
画像
ガイドブックや他の方のブログ記事の写真と違います。これは反対側からの写真です。あえて掲載しました。

門の脇にこんなパネルがありました。↓
画像
               第2時世界大戦中の写真やベルリンの壁があった時の写真と能書き

門をよく見ると柱に何かが描かれています。↓
画像

画像
                       その内の1つだけアップで撮ってきました

こちらがガイドブックなどで掲載されている方向からのブランデンブルク門↓
画像

画像
                         門の上の”勝利の女神と馬車カドリガ”

門には端に神の像があります。こちら側から見て
        左側に神マルス像                              右側に女神ミネルウァ像    
画像画像



















ブランデンブルク門に像があることを初めて知りました。ガイドさんは何も言わなかったが門を通過した時に見ました。記念写真タイムに反対側もあるはずだと思って撮ってきました。


ユダヤ人犠牲者記念館
ナチスに虐殺されたユダヤ人に捧げられた記念碑。高さまちまちの2711本のコンクリート・ブロックです。
地下に展示室があるそうです。展示室がなかったら記念碑ですね。
画像

画像
                        凄く高いブロックもあります。まるで迷路。
(実は写真を撮った後にツアー・メンバーの姿が見えなくなりました。で、適当に歩いたら低いブロックが出てきたので一安心)

画像


徒歩観光はここまで、ツアー・バスに乗って移動。
その2に続く。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 11

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

2015年11月24日 00:05
追悼の記念碑等の場所には行ってません
見せていただけて良かったです

ユダヤ人だけでなく、シンディとロマの人達も沢山殺されたんですね
恐ろしいことです

迷路のようなブロックのモニュメント。。。凄いですね
どんなコンセプトで、このようなものになったんでしょう

平和な世の中を願ってやみません
2015年11月24日 07:18
とまるさんへ
ナチスがシンティやロマの人を虐殺したことを今回の旅行で初めて知りました。
行ってみることによって過去の事実を知り得たことが良かったです。
(この件とは関係ないのですが、ブランデンブルク門に像があることも初めて知りました。←本文に追記しました)

ブロックの高い所は迷路そのものです。本文にあるように写真を撮っていたら、ツアー・メンバーを見失いました。ちよっと焦りましたよ。
コンセプトはまったく分かりません。申し訳ないです。

平和な世の中になりますように。